ウミガメの恋

ウミガメは恋をした。

 

毎年、この海に来る、茶髪の男の人。

コウコクダイリテンに勤めていると言ってた。

 

いつも綺麗な人を連れてくる。

3年前と、同じ女の人。

多分、結婚したんだ。

 

3年に1度だけ、満月の夜に私は人間の姿になる。

 

彼と初めて会ったのは、6年前のことだった。

満月の夜で、私は3年ぶりに陸に上がった。

ウミガメは餌を食べる時、海水をたくさん飲むから、

塩分を含んだ粘液をたくさん排出する。

 

「ううー目から塩分が止まらないなあ。」

陸に上がって10分は、しばらく涙のように目から塩分が出る。

 

 

「大丈夫かい」後ろの方で声がした。振り返るとあの人がいた。

「あ、はい、あの、大丈夫です。」

「本当?こんな深夜にこんなところで泣いて、大丈夫なわけないと思うんだけど。」

「いや、これは。」

「この辺の子?家どこなの?」

「えっと。」

「あ、僕のホテルすぐそこなんだけど、部屋で飲む?」

「え、いや、どうしよう。」

なんだこの人。かっこいい。

 

「あ、やべ、未成年ではない?いくつ?」

「えっと、104歳。」

「え、なにそれ、ウケるんだけど。」

「え、あ。」

「まあ、おいでよ、変なことしないからさ。涙も止まったみたいだし。」

 

彼のホテルは、海からよく見える高級なホテルだった。

 

「で、君は何も教えてくれないんだね。」

綺麗なゴールド色のお酒を注ぎながら彼は言った。

 

「はい、乾杯。」

 

美味しい。美味しい飲み物。

人間はいいなあ。こんな美味しいものを、毎日飲めるんだ。

 

「そのワンピース、かわいいね。」

「あ、ありがとう。」

 

白いワンピースは、2回目に陸に上がった時、

浜辺にいた女の人がくれた。私は裸だった。

その女の人は泣いていて、「もう私はいらないから」

と言って、その場で、着ていたワンピースを脱いで、私に渡した。

 

その人は暗い海の中を、泳いで、遠くに行ってしまった。

浜辺で砂遊びをしながら、夜が明けるのを待った。

女の人は帰ってこなかった。

 

それから、白いワンピースは、秘密の場所に隠しておいて

人間の姿になった時に、取り出して着ている。

 

「どうして、夜の海にいたの?」

 

なんて、言ったら、いいんだろう。

 

「言いたくないならいいよ。」

「そういうわけじゃ、ないけど。」

 

「まあ、いいよ。なんでも。」

彼は面倒くさそうにそう言って、キスしてきた。

「お酒が足りなさそうだね。」

彼は口にシャンパンを含んで、私に口移しした。

 

私は頭がぐるぐるして、彼に体を預けた。

 

気がつくと、夜明け前だった。

私は、シーツに紛れた白いワンピースを何とか見つけ出し、

彼を起こさないようにキスをして、部屋を出た。

 

浜辺についた時に気付いた。

「人魚姫というより、シンデレラね。」

 

何か、残してくればよかった。3年後、また彼に会えるように。

 

朝になって、亀に戻った私は、

彼が浜辺に来るだろうと思い、海岸近くまで泳ぎに行った。

 

水面の上は、ゆらゆらして見えにくい。

水中に、彼の足が見えれば、きっとわかる。

 

人間にバレないように、距離をとりながら。

水面下にある人間の体をじっくり見る。

 

彼だ。いた。

隣には、女の人の体。綺麗な体。

彼は彼女の腰に手を回し、ぴったりと体を密着させる。

 

私は見ていられなくって、沖の方へ泳いだ。

ウミガメは、意外と速く泳げるのだ。

 

それからだいたい毎年、彼は女の人と一緒にこの海にくる。

 

3年前、私はもう一度人間の姿で彼に会おうとした。

浜辺と、彼と一夜を過ごしたホテルを探し回った。

 

とうとう見つけた彼は、綺麗な女の人と一緒に、ホテルのレストランにいた。

私は静かに、ゆっくり、海に戻った。

 

 

あれからまた、3年がたった。

彼の足と、その隣の女性の足は、毎年確認していた。

今年も、彼は来ている。

そして、今夜は満月。私は陸に上がった。

 

今年は、浜辺で横になって、星を見つめて過ごそう。

 

ワンピースを着て、浜辺に寝っ転がると、いつの間にか眠っていた。

 

「ねえ、ねえ。」

目を開けると、彼の顔があった。

「前に、6年前に会った子じゃない?」

目をパチパチさせる私を見て、彼は笑った。

「全然変わってないな。すぐわかったよ。」

 

彼は6年前と同じ要領で私を部屋に招いた。

覚えていてくれたことが嬉しくて、期待してしまう。

 

美味しいお酒を飲み、前と同じ。ベッドになだれ込む。

 

「結婚、してるんでしょ。」

「え、なんでそういうこと言うの。」

「奥さん、帰ってくるかもよ。」

「大丈夫、ここは奥さんに秘密で取った部屋。」

 

ああ、そっか。彼にとっては、こんなこと、娯楽でしかないんだ。

体を揺らしながら、私は彼の頬を撫でた。

 

事が済み、タバコを吸う彼は言った。

「明日さ、ウミガメの産卵見に行くんだ。」

「ウミガメの産卵は見世物じゃないよ。」

「そんなこと言うなよ。俺、子供できた時、立ち会えなかったの。

 もう1人つくる気もないし。生命の神秘みたいの、感じたいなって。」

 

なにそれ、頭悪い。

 

こんな頭悪い妻子持ちに、私は6年も胸を焦がしていた。全く。

 

「私が、あなたの子供作ろっか。」

「え、いやいや、責任持てないって。」

「大丈夫、ピル飲んでるから。」

「ピル飲んでるっていう発言は信じちゃいけないって聞いたことある。」

2人は笑いながら、もう一度体を重ねた。

 

いつの間にか寝ていた彼の髪の毛を撫でた。

「ウミガメの産卵は、見世物じゃないのよ。」

 

次の日の夜、私は卵を産んだ。

そばには彼が、いるかと思ったけど、いなかった。

 

彼と一夜を過ごしたホテルの部屋は、灯りがついている。

今日も誰かを、慣れた手つきで連れ込んでいるのね。

 

「どうして、ウミガメは泣いてるの。」

 

塩分を調整するために泣いているんだよ。