前のバイトの先輩

杉並区に戻りたい。

 

 

前のバイトの先輩と高円寺で会った。

彼氏と別れる少し前だったから、半年ぶりだ。

 

一重の大きな目。落ち着いた声。気だるげな雰囲気。

 

出会ったのはバイト先の下北沢の小さなバーだった。

ちょっとしたギャラリーが併設してあって、

先輩はよくそこに写真を展示していた。

 

先輩は、そこそこ大きなコンテストで賞を撮るような、写真家だった。

今は小さな会社で事務仕事をしながら、写真を撮っている。

 

バイト先ではそこまで話さなかった。

私は髪型が自由で、家から近いという理由でそこで働いていたし、

先輩もギャラリーに展示してもらう代わりに働いていた。

特にバーで楽しく働こうなんてモチベーションはなかったこともあって、

二人ともバイト先では無口な方だった。

 

ある日、近所のお祭りで出店をすることになった。先輩と二人だった。

お祭りの雰囲気に流され、二人とも少し浮かれた気持ちだった。

 

「先輩の写真、いいですよね。」

「え、ありがとう。」

「なんか、ちょっと寂しい感じで。」

「それは褒め言葉なのかな。」

「めちゃくちゃ褒めてます。」

「あ、お客さん。」

 

お客さんをさばく合間合間に話した。

映画とか、漫画とか、意外と話しがあった。

2、3か月は一緒にバイトしてたはずなのに。

気づかなかった。こんな楽しく話せる相手が近くにいることに。

 

バイト終わったら、飲みいかない?」

「あ、そうですね。打ち上げですね。」

 

何が打ち上げだ、打ち上げるほどの仕事もしてない。

誘われるとは思わなくて、どぎまぎして、変なことを言ってしまった。

 

バイトが終わって、近くの大衆居酒屋に入った。

「いつもウイスキーばっか出してるけど、やっぱビールと日本酒だよね。」

「わかる!わかります!ウイスキーも好きだけど、やっぱりビールと日本酒。」

 

そのあとはウディ・アレンの話で盛り上がった。

ダメ男はいい。煮え切らない、どうしようもない男。 

 

半年ぶりに会った先輩は、ちょっと太っていた。

もともと心配になるくらい細かったから、むしろ肉付きが良くなって安心した。

 

今は高円寺に住んでいるらしい。

ヴィレヴァンで待ち合わせして、立ち飲み屋さんに移動。

 

「そういえば、こないだの先輩の展示、行ったんですよ。」

「え、連絡くれればよかったのに。」

「少ししかいられなかったから。呼び出すのも申し訳なくて。」

「そっか。でもありがとう。」

 

ビールで乾杯。おつまみは厚揚げと、ちくわの天ぷら。

壁には高円寺で開催されるイベントのビラがびっしり。

いいなあ。大衆的な雰囲気、大好き。

 

先輩と飲むときは、いつも大衆居酒屋。

おしゃれなところは、私たちには似合わない。

 

「あ、ごめん電話。」

「いいですよ、出て。」

「うん、部署の先輩だ、ちょっと出るね。」

 

もう、働いてるんだなあ。

 

「今デート中なんで無理ですよ。」

 

電話口で飲みに誘われているらしい。

デート、か。まあ、そうか。

 

「ごめんね。先輩いつも誘ってくるんだ。」

「いえいえ。なんか、ちゃんと社会に出てますね。」

 

フッと笑って、ちょっと悲しそうな顔をした。

 

ビールを飲み干し、糖質の気になる私はホッピーを頼んだ。

焼酎が異常に濃い。早々に酔っ払いそう。

 

「そういえば、見せたいものがあるんだけど、家こない?」

「え、ああ、何ですか見せたいものって。」

「写真、昔撮らせてもらったやつ、ちゃんと製本したんだ。」

 

 

あのお祭りの日から、だんだん仲良くなった。

 

「写真、撮らせてよ。」

そう言って先輩は、下北沢の家に私を呼んだ。

 

布団と、本棚しかないワンルーム

本棚は、カメラと、写真関連の本で埋め尽くされていた。

 

ファイダーごしに、先輩の視線を感じる。

「顔だけ、あっち向いて。」

カメラマンと被写体。不思議な関係だった。

 

夜まで撮影は続いた。お酒を飲みながら、はしゃぎながら撮った。

フィルムカメラだったから、どう映っているのか確認できなかった。

 

 

「あれ、3年前くらいじゃないですか?もう忘れてた。」

「そうだね。展示にも出してたけど、その写真以外もあるんだよ。」

 

そう、前に行った展示にも私の写真があった。

下着姿の写真だった。あの夜に、撮ったやつ。

 

「まあ、行こっか。」

「はい。」

 

先輩の声は、優しいのに、強い。その通りにしてしまう。

写真を撮られている時もそうだった。

 

 

高円寺の先輩の部屋は、前の部屋と雰囲気が同じだった。

布団と、本棚、それだけ。

 

「これ、製本したやつ。見て欲しかったんだ。」

 

寂しい写真。好きだ。

「懐かしい。私、金髪だ。」

「昔は金髪だったよね。今は就活スタイルか。」

 

時間が経つのは早い。

写真の中の私は、金髪なだけじゃなくて。

もっと危うい、荒削りな私らしさを持っていた。

 

何してんだろ。

就活のために黒髪にして、私の人生の大半を占める暗い経歴を隠して。

 

「なんか、見れてよかったです。」

 

私が考えていたことを、全部見透かしたように、

先輩は私の頭を撫でた。

 

「村田さんは、変わらないでほしいな。」

 

先輩は今でも、私を苗字にさん付けで呼ぶ。

 

「先輩も、変わらないでほしい。」

 

 

 

なんとなく僕たちは大人になるんだ

銀杏BOYZは正しい。きっと、変わりたくないけど、私たちは大人にはなる。

 

この関係も、先輩との寂しさを癒し合うこの関係も、

きっと大人になって、続けられなくなるんだろう。

 

それまでは、子供じみた、くだらないこの付き合いを。