大学の元カレ

来世はお酒がない世界に行くんだ。

 

「今日空いてる?飯食べない?」

 

最後の期末レポートを提出し、心身ともにぐったりしていたところだった。

久々に元カレからの連絡。

別れてからも、友人のように仲良くしていたが、

ここ数ヶ月はぱったりと連絡が途切れていた。

 

「今日は疲れちゃって...家出れないからパス。」

 

「じゃあ、料理作ってやろうか?」

 

元カレを家に呼ぶのは色々と懸念がないこともない。

あれ、っていうか料理できたっけこの人。

 

しかし、コンビニに行く気も起きないこの疲労。

家に来て料理してくれる。ここから一歩も動かないで、料理が勝手に出てくる。

抗えぬ、魅力。

 

「それは是非お願いしたい。」

 

30分後、チャイムの音。レジ袋を右手に携えた彼が立っている。

「おー久しぶり。髪ボサボサかよ。」

 

大学に入ってすぐ、1年間付き合った後、別れた。

あまりに彼が居心地が良いので、私がダメになってしまった。

それが怖くて、私から別れを切り出した。

 

「料理、できたっけ?」

 

「数ヶ月でね、人は変わるのよ。」

 

「本当かよ。」

 

「いいから。パスタでいい?コンソメある?」

 

荷物を置いて、すぐ作業を始める彼。なかなか手際が良い。 

 

「なんで料理するようになったのよ?」

 

「あー。実は彼女できて。すげえわがままなの。」

 

未だに元カレに彼女ができると、心がぐずる。

まだかさぶたになりきってない、ぐずぐずの傷を刺激された感じ。

 

「それで、料理作れ、元カノと連絡は取るなでうるさくてさ。」

 

なるほど、数ヶ月前に会ったあの日からこの瞬間が繋がった。

 

「いいの?今、元カノの家きちゃってるけど。」

 

「もう別れたから無問題。」

 

呆れて別れたらしい。ちょっと嬉しい自分がおかしい。

 

いつの間にかいい匂い。ベーコンを焼いて、牛乳とコンソメを加えて。

クリームパスタだ。

 

「おお。ちゃんとしてる。」

 

ほうれん草とベーコンのクリームパスタ。見た目もきれい。

缶ビールを開けて、久しぶりの乾杯。

 

「いただきます。」

 

人の手料理を食べるの、久しぶり。そういえば実家もしばらく帰れていない。

 

「今日はイマイチだったな。」

 

「そんな、美味しいよ。私が作るのより全然。」

 

ありがとう、とぼそっと言って、パスタをかき込む。ちょっと照れている。

本当に、美味しい。ちょっと茹で過ぎたところが良い。家庭のパスタの味。

 

「ごちそうさま。」

 

洗い物は私がする。わかりやすい役割分担は良い。

居心地いい。疲れすらも心地よい。

 

洗い物を終えて、一緒にベランダに出て一服。

「なんか、俺たち夫婦みたい。」

 

よくもそんな恥ずかしいことを、さらっと。

 

 

「今日、泊まっていいよね?」

 

「まあ、そうなる気はしていたけど。何もしないよ。」

 

「それはわからないでしょ。」

 

 

寒い寒いとはしゃぎながら部屋に戻る。

その拍子に、肩が触れて、昔の感覚が一気に蘇る。

 

何だろう。もう友達になったと思ってたけど。

今日は何かが違う。疲れてるのかな。

 

テレビを見ながら、いつの間にか彼の手が私の肩を抱いている。

私は、抵抗する気も起きないほど疲れているのだろう。 

いいのかな。まあいいか。

 

「お前、やっぱいいな。美人はつまんねえからな。」

 

「褒められたのか貶されたのか。」

 

「彼氏できないの?」

 

「できてたら君を家に上げないよ。」

 

「じゃあ、付き合う?」

 

驚きと、でもどこか予定調和的なこの雰囲気。

別れてから、もう数年間そんな話にはならなかったじゃないか。

 

「よっぽど前の彼女に懲りたのね。」

 

「それもあるけど。やっぱり俺ら合うじゃん。」

 

 「そうだけど。もう少し遊んでたいでしょ、お互い。」

 

本心だった。彼といたら、落ち着いてしまうから。恋愛も何もかも。

 

「でもさ、遊びに理解あるじゃん。お互い。付き合ってても遊べるでしょ。」

 

なるほど、付き合いながらも、浮気を公認し合う。

彼以外にも関係を持つ。彼も、私以外にも関係を持つ。

このご時世言いにくいが、そういう形も私はいいと思う。

 

でも、それなら、別に、付き合う必要も感じない。

付き合って何が変わるんだろう。

付き合わないとキスやセックスをしない、というタイプではないのだお互い。

 

この人にとって、私にとって、付き合うって何なんだろう。

 

 

「まあまあ、今は別れたばかりで混乱してるのよ君は。」

 

適当にごまかして、日本酒を開ける。

家飲みはついつい飲みすぎる。

 

疲れとお酒。それが全て。

 

泥酔したふたりは、くだらないテレビでケタケタ笑った。 

記憶も曖昧なまま、一緒にベッドで寝た。

 

「俺は好きだよ、本当に。」

せめてもの理性を働かせ、背を向けていた私を

彼は後ろから抱きしめる。

 

キスをするのも、セックスをするのも簡単だ。

なのに、なぜキスをしたのか、なぜセックスをしたのか。

 

それでいつも、悩んでしまう、なりきれない。

 

とりあえず寝たふりをして、朝になったらお酒のせいにする。

したたかでつまらない常套手段。

 

思わせぶりな態度をとるのは、はっきりした答えを出さないのは、

駆け引きなんかじゃなくて、自分の気持ちがわからないだけ。

 

全部お酒のせいにして、私の気持ちは大したことないから。