ただひたすらやさしいぬるま湯

30歳のバンドマン。


中肉中背。普通の顔。眼鏡。


気取ってるわけでもない、

嫌味のないドラマー。


夢を追ってるとか、そういうのじゃなくて、

そうして生きていくしか方法がなかったことをわかっている。


面白みはない、そこにストーリーはない。


彼とはライブで出会った。

知り合いのライブで、スタッフが足りないということで、受付を手伝っていた。


彼もスタッフとして入っていた。

バタバタした会場で、あまり話すことはできなかったけど、

ツイッターだけとりあえず繋がった。


翌日、DMが届いた。

「昨日はお疲れ様でした。もっと話してみたいと思ったんだけど、飲みに行かない?」


真っ直ぐすぎるメッセージ。


日本酒好きって言ってたし、美味しい日本酒飲みに行かない?


とか。


この間話してた映画、僕も観たいから一緒に観に行かない?


とか。


本当はただデートできればそれでいいことなんてわかってるのに

目的を他の地点に定めるのが一般的だ。


そうしないと、いけないんだ。


デートの評価を相手に完全に求めてしまうのは危険だから。


もしデートが失敗だったら、

それは日本酒が微妙だったから、映画が微妙だったからなんだ。


そういうことにして、お互いを傷つけないようにしているのに。



中目黒の大衆居酒屋。

オシャレな店を素通りし、目黒川沿いのこの選択。

ラミネートがボロボロになったメニュー。


とりあえず生。

それ以外の選択肢はない、大衆居酒屋。


高架下の新しいお店に、何度か行った。どこも素敵で、少し疲れた。


ここ、いいじゃないか。


生ビールで乾杯して、


「ほんと可愛いよね。」


こんな真っ直ぐに褒められると、

上手くかわすこともできず、ただただ照れてしまう。


なんの躊躇いもなく、そんなことが言えてしまうのは何なんだ。

年の差と、職の差とで、すでに安定した距離感があるから。


と深読みしたけど。

女の子を落とす荒めのテクニックか。

いや、女の子慣れしてるようにも見えない。

ただ言いたいことを言わなきゃ気が済まないタチなだけ。それだけ。


照れ隠しのお酒が進む。


ビールから始まり、ハイボール、焼酎、日本酒。


これは二日酔いしそう。


直球の褒め言葉をはさみながら、

ほろ酔いの会話は弾む。


ディズニーランドは基本的に苦手だけど、シーでお酒飲む楽しみ方はアリ、とか。


ポテトサラダはオシャレなやつじゃなくてシンプルなやつがいい、とか。


何気ないところで、やんわり共感する、楽しい会話のお手本のような会話。



こういう会話は、時間の濃度が低いから、すぐに終電を逃す。



「あれ、終電大丈夫ですか?」

「あ、もうないや」

「そうですよね…私はタクシーで帰れるけど、どうするんですか。」

「お金ないし、歩いて帰るよ。」

「えっそんな…どれくらいかかるんですか」

「3時間くらいじゃない」


そう言いつつ、飲み代は出してくれる。


「なんかすいません。家に泊めることもできないし、お金出してもらっちゃうし。」

「いやいや、それはそうでしょ。」


女の子慣れしているんだか、なんなんだか。よく分からない人。


「じゃあ、また、飲みましょう」

「うん、次は映画でも。」


タクシーに乗り込み、246は綺麗だ。


映画デートって、これもまた女の子慣れしてるのか、なんなのか。

ウミガメの恋

ウミガメは恋をした。

 

毎年、この海に来る、茶髪の男の人。

コウコクダイリテンに勤めていると言ってた。

 

いつも綺麗な人を連れてくる。

3年前と、同じ女の人。

多分、結婚したんだ。

 

3年に1度だけ、満月の夜に私は人間の姿になる。

 

彼と初めて会ったのは、6年前のことだった。

満月の夜で、私は3年ぶりに陸に上がった。

ウミガメは餌を食べる時、海水をたくさん飲むから、

塩分を含んだ粘液をたくさん排出する。

 

「ううー目から塩分が止まらないなあ。」

陸に上がって10分は、しばらく涙のように目から塩分が出る。

 

 

「大丈夫かい」後ろの方で声がした。振り返るとあの人がいた。

「あ、はい、あの、大丈夫です。」

「本当?こんな深夜にこんなところで泣いて、大丈夫なわけないと思うんだけど。」

「いや、これは。」

「この辺の子?家どこなの?」

「えっと。」

「あ、僕のホテルすぐそこなんだけど、部屋で飲む?」

「え、いや、どうしよう。」

なんだこの人。かっこいい。

 

「あ、やべ、未成年ではない?いくつ?」

「えっと、104歳。」

「え、なにそれ、ウケるんだけど。」

「え、あ。」

「まあ、おいでよ、変なことしないからさ。涙も止まったみたいだし。」

 

彼のホテルは、海からよく見える高級なホテルだった。

 

「で、君は何も教えてくれないんだね。」

綺麗なゴールド色のお酒を注ぎながら彼は言った。

 

「はい、乾杯。」

 

美味しい。美味しい飲み物。

人間はいいなあ。こんな美味しいものを、毎日飲めるんだ。

 

「そのワンピース、かわいいね。」

「あ、ありがとう。」

 

白いワンピースは、2回目に陸に上がった時、

浜辺にいた女の人がくれた。私は裸だった。

その女の人は泣いていて、「もう私はいらないから」

と言って、その場で、着ていたワンピースを脱いで、私に渡した。

 

その人は暗い海の中を、泳いで、遠くに行ってしまった。

浜辺で砂遊びをしながら、夜が明けるのを待った。

女の人は帰ってこなかった。

 

それから、白いワンピースは、秘密の場所に隠しておいて

人間の姿になった時に、取り出して着ている。

 

「どうして、夜の海にいたの?」

 

なんて、言ったら、いいんだろう。

 

「言いたくないならいいよ。」

「そういうわけじゃ、ないけど。」

 

「まあ、いいよ。なんでも。」

彼は面倒くさそうにそう言って、キスしてきた。

「お酒が足りなさそうだね。」

彼は口にシャンパンを含んで、私に口移しした。

 

私は頭がぐるぐるして、彼に体を預けた。

 

気がつくと、夜明け前だった。

私は、シーツに紛れた白いワンピースを何とか見つけ出し、

彼を起こさないようにキスをして、部屋を出た。

 

浜辺についた時に気付いた。

「人魚姫というより、シンデレラね。」

 

何か、残してくればよかった。3年後、また彼に会えるように。

 

朝になって、亀に戻った私は、

彼が浜辺に来るだろうと思い、海岸近くまで泳ぎに行った。

 

水面の上は、ゆらゆらして見えにくい。

水中に、彼の足が見えれば、きっとわかる。

 

人間にバレないように、距離をとりながら。

水面下にある人間の体をじっくり見る。

 

彼だ。いた。

隣には、女の人の体。綺麗な体。

彼は彼女の腰に手を回し、ぴったりと体を密着させる。

 

私は見ていられなくって、沖の方へ泳いだ。

ウミガメは、意外と速く泳げるのだ。

 

それからだいたい毎年、彼は女の人と一緒にこの海にくる。

 

3年前、私はもう一度人間の姿で彼に会おうとした。

浜辺と、彼と一夜を過ごしたホテルを探し回った。

 

とうとう見つけた彼は、綺麗な女の人と一緒に、ホテルのレストランにいた。

私は静かに、ゆっくり、海に戻った。

 

 

あれからまた、3年がたった。

彼の足と、その隣の女性の足は、毎年確認していた。

今年も、彼は来ている。

そして、今夜は満月。私は陸に上がった。

 

今年は、浜辺で横になって、星を見つめて過ごそう。

 

ワンピースを着て、浜辺に寝っ転がると、いつの間にか眠っていた。

 

「ねえ、ねえ。」

目を開けると、彼の顔があった。

「前に、6年前に会った子じゃない?」

目をパチパチさせる私を見て、彼は笑った。

「全然変わってないな。すぐわかったよ。」

 

彼は6年前と同じ要領で私を部屋に招いた。

覚えていてくれたことが嬉しくて、期待してしまう。

 

美味しいお酒を飲み、前と同じ。ベッドになだれ込む。

 

「結婚、してるんでしょ。」

「え、なんでそういうこと言うの。」

「奥さん、帰ってくるかもよ。」

「大丈夫、ここは奥さんに秘密で取った部屋。」

 

ああ、そっか。彼にとっては、こんなこと、娯楽でしかないんだ。

体を揺らしながら、私は彼の頬を撫でた。

 

事が済み、タバコを吸う彼は言った。

「明日さ、ウミガメの産卵見に行くんだ。」

「ウミガメの産卵は見世物じゃないよ。」

「そんなこと言うなよ。俺、子供できた時、立ち会えなかったの。

 もう1人つくる気もないし。生命の神秘みたいの、感じたいなって。」

 

なにそれ、頭悪い。

 

こんな頭悪い妻子持ちに、私は6年も胸を焦がしていた。全く。

 

「私が、あなたの子供作ろっか。」

「え、いやいや、責任持てないって。」

「大丈夫、ピル飲んでるから。」

「ピル飲んでるっていう発言は信じちゃいけないって聞いたことある。」

2人は笑いながら、もう一度体を重ねた。

 

いつの間にか寝ていた彼の髪の毛を撫でた。

「ウミガメの産卵は、見世物じゃないのよ。」

 

次の日の夜、私は卵を産んだ。

そばには彼が、いるかと思ったけど、いなかった。

 

彼と一夜を過ごしたホテルの部屋は、灯りがついている。

今日も誰かを、慣れた手つきで連れ込んでいるのね。

 

「どうして、ウミガメは泣いてるの。」

 

塩分を調整するために泣いているんだよ。

リクルートラブ、略してリクラブ。

インターンで知り合った彼。

チームが違ったし、あの時は、喫煙所で一言二言話しただけだった。

 

「あれ、インターンで一緒だったよね?」

 

圧迫面接を切り抜け、面接会場を出ようとしていたところ、

後ろから背中を叩かれた。

 

「わ、え、うん。久しぶり。受けてたんだ。」

名前が出てこない。なんだっけ。 

 

「うん。びっくりした。まさか一緒になるとは。」

 

インターンが同じ時点で、志望業界は一緒。

よくあることだ。でも、意外と話しかけない。

仲良くしたい子だったら、インターンの時点で仲良くしてる。

 

「飯でも食っていかない?」

「あ、うん。そうだね。」

 

お昼時。そういえば朝も食べてなかった。

1人でさっきの面接を反省しながらのランチも味気ないし、まあいいか。

 

適当に近くのうどん屋さんに入る。

 

「力うどんって、絶対食わないよな。」

「確かに。食べようと思わないな。」

「うどんに餅って、炭水化物と炭水化物って。」

執拗に力うどんを貶す彼。よくしゃべる人だ。

 

「私は月見うどんにしよ。決めた?」

「うん、決めた。」

 

店員さんを呼び止め、彼は言い放った。

「すいません!月見うどんと力うどんください!」

 

爆笑する私。

それを見て満足そうな彼。

 

「フリが効いてるねえ。」

 

こんなキャラクターだったんだ。

 

「あの時さ、喫煙所で話したよね。」

「そうそう、私が話しかけて。」

「昔憧れてた女の子に似てる、ってやつでしょ。」

「うん、ボーイッシュな女の子でね。」

「俺は俺で女の子っぽいからな。」

「確かに。目大きいし。小柄だし。」

「小柄は余計だぞ。」

 

ほとんど初対面なのに、会話のしやすい人。

 

「その女の子、しばらく会ってないなあ。卓球部だったなあ。」

「えっ俺も卓球部だったよ。」

「それは意外。卓球部のこと見下してるタイプかと思った。」

「いやいや、映画のピンポン見て憧れて入ったから。」

「ピンポンいいよね。窪塚陽介が最高。」

「おお、ピンポン知ってるのか。わかってるね。」

 

弾む会話。

会話に必要な、頭の回転、教養のレベルが同じなんだろう。

 

この人くらいのレベルなのか、私。

こういう時に、自分の大したことなさを感じる。

 

本当の自分の顔のレベルは、

「この人、自分よりちょっと下だな。」

って思う顔くらいだ、と昔聞いた。

認識している自分の顔は、鏡を見ている時で、自然といい顔をしているから。

 

 

そんなもんか。

 

「一緒の会社入れたら面白いね。」

 

餅に苦戦しながら彼は言う。

 

「そうだね。本当に。」

 

ある程度話すと、この人とはこれから何か起こる予感

つまり、一夜を過ごすことがあるだろう

というのが、わかる。

 

彼は多分、また会うだろう。

そして、一夜を過ごし、後悔し、付き合うことはない。

 

「力うどん、二度と食わねえ。」

 

「うん。それがいいよ。」

 

慣れないスーツを着た、未熟な2人は、

大して美味しくもないうどんを食べて、楽しく過ごせた。

ビッチでいいことなんかないけど、直せるわけでもない

クラブに行ってきた。

DJの友達に誘われて。

 

本当はちょっと気になる子がいたので、その子に会いに行っただけ。

DJの友達は、社交辞令で誘ってくれてた。それは薄々気づいていたけど。

その子に会いたかったし、その日は予定がなくて、寂しくなりそうだったから。

 

六本木のクラブに入って、DJの友達を見つけると、

友達はたくさんの人に囲まれていた。

私がちょっと声をかけると、え、きたんだ、そんな表情をした。

 

とても場違いだった。行った自分が恥ずかしい。

 

いつも飲み会に誘われると

予定が空いていれば行く。

寂しいから、お酒飲んで誰かと一緒にいたい。

 

思い出すたび吐き気がする。

自分の言動。

 

でも私の目的はあの子だ。

どこだ、どこだ。

 

あの子を見つけ、私は絶望した。

あの子の隣には、女の子、だったらまだよかった。

昔、関係を持った男の子がいた。

 

取り返しのつかない過去。

 

1年前、いろんな嫌なことが重なって、

典型的な自暴自棄になっていた。

デートに誘われれば必ず行き、

体の関係も拒まなかった。

 

もともと、性に奔放であることに嫌悪感はなかった。

でも、自分はそのタイプではなかった。

体の関係を持てば情が湧き、翌日は丸一日その人のことで苦しむ。

 

夜の寂しさを紛らわすことと引き換えに、

心身は少しずつ傷つき、

その傷は完全には癒えることはない。

 

かといって誰とでもしていたわけではなく、

しても当たり障りのない人を選んでいたつもりだった。

特に、関係を持つ人は、コミュニティがかぶらないように気をつけていた。

 

それは当時の話。

人間関係は複雑に交差し、変容する。

 

今は、気になる人ができても、

昔関係を持った人の友人だったりする。

世間は狭いのだ。

 

友人が3人いれば、友人の友人を辿っていくと、

世界中の人と繋がれると聞いたことがある。

 

関係を持った人が3人いれば、

こういうことも起こりうるだろう。

 

昔の私を恨む。

でもあの時期に一人で夜を過ごすことはどうしたってできなかった。

 

過去は変えられない。

未来も変えられる気がしない。

 

何の面白みもない、ぬるま湯の未来。

あの子にはもう呆れられて、

特別魅力はないけど、優しい年上の男と付き合うんだ。

誰も私のことを知らない世界に行きたい。

 

頭がぐるぐるして吐き気がする。

 

あいつが私に気づいた。

あの子も私を見る。

あいつがコソコソ、あの子に耳打ちする。

あの子は、驚いた顔をして、こちらを見つめる。

 

ああ、その顔。

相変わらず可愛いな。

もう手に入らないか。

 

「来てたんすね。」あいつが肩をたたく。

「うん、DJの友達が出てて。ていうか2人、知り合いだったんだ。」

 

そんな気まずい顔しないでよ。

絶対、私のこと話してるじゃないか。

「あいつ、前話した年上のセフレ」

とか、そんな趣旨のことを言ったんだろ。

 

っていうか、もっと前から知ってたのかも。

そうだとしたら、そういう目的で私に近づいてきたのかな。

 

ああ、もう2人の声が聞こえない。

 

「タバコ吸ってくるわ。」

そういって、離れようとした。

 

「僕も行く。」

あの子が付いてくる。

 

「結構仲いいの?」

「うん、大学入ってからずっと。今も週3で会いますね。」

 

そうか、ということは

あいつと事が起きた時、もうあいつとこの子は友達だったんだ。

 

友達の話をされない、セフレらしいことだ。

今まで気づかなかったとは。

 

人混みを抜け、タバコに火をつけて。

「一服したら帰ろうかな。友達に挨拶もしたし、明日早いし。」

なんで私はこんなこと、まくし立てて、彼に言っているんだ。

 

「え、早いですね。」

「うん、もう少しいたかったけど。」もうここにいたくない。「また、飲もうね。」

「はい、飲みましょう。」

 

その真意は何。

社交辞令。好意。性欲。

なんだよ。

 

クラブを出た。「くそ。つまんな。」

 

銀杏BOYZ、あの子は綾波レイが好き

この曲のあの子は、どんな気持ちだ。

とまらない食欲と。

弟が大学に合格した。

 

大好きな弟。本当に嬉しい。

 

そして就活にうまくいかない私の状況を、彼に報告できないのが悔しい。

 

パスタめっちゃ茹でる。

パスタめっちゃ茹でてる。

 

さっきご飯2杯食べたけど、

パスタめっちゃ茹でた。

 

弟が合格したのは、とりあえず第二志望。

 

私も、第一志望の業界は、ダメ元とはいえ、驚くほどバタバタ落とされてる。

しかし、第二志望の業界の選考は、とりあえず順調に進んでいる。

 

ここでしっかり内定をとって、弟に報告したい。

 

そしてパスタ食べるのやめたい。

 

パスタ美味い。

 

内定くれ。

 

内定出たら痩せるから。

 

内定くれ。

 

パスタ美味い。

前のバイトの先輩

杉並区に戻りたい。

 

 

前のバイトの先輩と高円寺で会った。

彼氏と別れる少し前だったから、半年ぶりだ。

 

一重の大きな目。落ち着いた声。気だるげな雰囲気。

 

出会ったのはバイト先の下北沢の小さなバーだった。

ちょっとしたギャラリーが併設してあって、

先輩はよくそこに写真を展示していた。

 

先輩は、そこそこ大きなコンテストで賞を撮るような、写真家だった。

今は小さな会社で事務仕事をしながら、写真を撮っている。

 

バイト先ではそこまで話さなかった。

私は髪型が自由で、家から近いという理由でそこで働いていたし、

先輩もギャラリーに展示してもらう代わりに働いていた。

特にバーで楽しく働こうなんてモチベーションはなかったこともあって、

二人ともバイト先では無口な方だった。

 

ある日、近所のお祭りで出店をすることになった。先輩と二人だった。

お祭りの雰囲気に流され、二人とも少し浮かれた気持ちだった。

 

「先輩の写真、いいですよね。」

「え、ありがとう。」

「なんか、ちょっと寂しい感じで。」

「それは褒め言葉なのかな。」

「めちゃくちゃ褒めてます。」

「あ、お客さん。」

 

お客さんをさばく合間合間に話した。

映画とか、漫画とか、意外と話しがあった。

2、3か月は一緒にバイトしてたはずなのに。

気づかなかった。こんな楽しく話せる相手が近くにいることに。

 

バイト終わったら、飲みいかない?」

「あ、そうですね。打ち上げですね。」

 

何が打ち上げだ、打ち上げるほどの仕事もしてない。

誘われるとは思わなくて、どぎまぎして、変なことを言ってしまった。

 

バイトが終わって、近くの大衆居酒屋に入った。

「いつもウイスキーばっか出してるけど、やっぱビールと日本酒だよね。」

「わかる!わかります!ウイスキーも好きだけど、やっぱりビールと日本酒。」

 

そのあとはウディ・アレンの話で盛り上がった。

ダメ男はいい。煮え切らない、どうしようもない男。 

 

半年ぶりに会った先輩は、ちょっと太っていた。

もともと心配になるくらい細かったから、むしろ肉付きが良くなって安心した。

 

今は高円寺に住んでいるらしい。

ヴィレヴァンで待ち合わせして、立ち飲み屋さんに移動。

 

「そういえば、こないだの先輩の展示、行ったんですよ。」

「え、連絡くれればよかったのに。」

「少ししかいられなかったから。呼び出すのも申し訳なくて。」

「そっか。でもありがとう。」

 

ビールで乾杯。おつまみは厚揚げと、ちくわの天ぷら。

壁には高円寺で開催されるイベントのビラがびっしり。

いいなあ。大衆的な雰囲気、大好き。

 

先輩と飲むときは、いつも大衆居酒屋。

おしゃれなところは、私たちには似合わない。

 

「あ、ごめん電話。」

「いいですよ、出て。」

「うん、部署の先輩だ、ちょっと出るね。」

 

もう、働いてるんだなあ。

 

「今デート中なんで無理ですよ。」

 

電話口で飲みに誘われているらしい。

デート、か。まあ、そうか。

 

「ごめんね。先輩いつも誘ってくるんだ。」

「いえいえ。なんか、ちゃんと社会に出てますね。」

 

フッと笑って、ちょっと悲しそうな顔をした。

 

ビールを飲み干し、糖質の気になる私はホッピーを頼んだ。

焼酎が異常に濃い。早々に酔っ払いそう。

 

「そういえば、見せたいものがあるんだけど、家こない?」

「え、ああ、何ですか見せたいものって。」

「写真、昔撮らせてもらったやつ、ちゃんと製本したんだ。」

 

 

あのお祭りの日から、だんだん仲良くなった。

 

「写真、撮らせてよ。」

そう言って先輩は、下北沢の家に私を呼んだ。

 

布団と、本棚しかないワンルーム

本棚は、カメラと、写真関連の本で埋め尽くされていた。

 

ファイダーごしに、先輩の視線を感じる。

「顔だけ、あっち向いて。」

カメラマンと被写体。不思議な関係だった。

 

夜まで撮影は続いた。お酒を飲みながら、はしゃぎながら撮った。

フィルムカメラだったから、どう映っているのか確認できなかった。

 

 

「あれ、3年前くらいじゃないですか?もう忘れてた。」

「そうだね。展示にも出してたけど、その写真以外もあるんだよ。」

 

そう、前に行った展示にも私の写真があった。

下着姿の写真だった。あの夜に、撮ったやつ。

 

「まあ、行こっか。」

「はい。」

 

先輩の声は、優しいのに、強い。その通りにしてしまう。

写真を撮られている時もそうだった。

 

 

高円寺の先輩の部屋は、前の部屋と雰囲気が同じだった。

布団と、本棚、それだけ。

 

「これ、製本したやつ。見て欲しかったんだ。」

 

寂しい写真。好きだ。

「懐かしい。私、金髪だ。」

「昔は金髪だったよね。今は就活スタイルか。」

 

時間が経つのは早い。

写真の中の私は、金髪なだけじゃなくて。

もっと危うい、荒削りな私らしさを持っていた。

 

何してんだろ。

就活のために黒髪にして、私の人生の大半を占める暗い経歴を隠して。

 

「なんか、見れてよかったです。」

 

私が考えていたことを、全部見透かしたように、

先輩は私の頭を撫でた。

 

「村田さんは、変わらないでほしいな。」

 

先輩は今でも、私を苗字にさん付けで呼ぶ。

 

「先輩も、変わらないでほしい。」

 

 

 

なんとなく僕たちは大人になるんだ

銀杏BOYZは正しい。きっと、変わりたくないけど、私たちは大人にはなる。

 

この関係も、先輩との寂しさを癒し合うこの関係も、

きっと大人になって、続けられなくなるんだろう。

 

それまでは、子供じみた、くだらないこの付き合いを。

みんな傷だらけ

自分ばかり傷ついていると思っていた。

 

体を許すことで、自分を犠牲に人を癒してるつもりだったんだ。

そのかわりに、私は一瞬だけ、孤独を忘れる。

男の人の性欲を処理し、抱きしめて安心をあげるための身体。

自分の存在意義の危うさに震える。

 

孤独な個体は、身を寄せ、お互いの弱い部分を見せ合って。

共感なんて、そんな暖かいものじゃなかった。

弱さは共鳴して、より大きくなる。

 

テレビに映る、田舎の幸せそうな家族を見ると、いつも驚く。

ちゃんと、幸せに生きれるんだ。

お金持ちじゃなくても、美人じゃなくても。

 

寂しかった。私たちはいつも。

理想と現実のギャップは人を孤独にする。

 

私はこんなものではないんだと、

周囲の人はわかってくれない。私はもっと上の存在なんだと。

 

でも、私が思う理想の人たちは、雲の上にいて、

本当は、今いる場所が私の実力で行けるギリギリの場所なのかと思いながら。

 

決して満足することも、努力することもなく。

 

今日も、付き合っていない、好きなのかどうかもわからない、彼と、

くすぐり合って笑いながら、体を交わして孤独をごまかす。

抱き合って眠ろうとするが、息苦しくなって、結局は背中を合わせて寝るの。

朝起きて、ベッドから出たら、まるで他人。

ハグもしない、キスもしない。 

そうして距離をとることで、期待させない。

 

それが、一番傷つかない方法だと思っていた。

人と寝た次の日は、疲れてしまって、夕方まで寝込む。

体が疲れてしまってるのではなくて、心がどうしようもなくクタクタなのだ。

 

孤独が、一瞬でも癒されるのは、人と抱き合っている時だけなんだ。

でも、それは麻薬のように、切れてしまうと心身はボロボロになる。

 

私と寝た翌日の彼のツイートは、少しメランコリーだ。

お互い、好きでもなんでもない。

孤独を必死でごまかそうとする度、少しずつすり減っていく。

すり減るところが無くなるまでそうして生きていくのかな。

 

いつか、田舎の幸せな家族みたいに、困難はあれど、

自分の現状に満足して、屈託なく笑えるんだろうか。