付き合う前に体を許してしまったら、もうその人とは付き合えない。

付き合う前に体を許してしまったら、もうその人とは付き合えない。

 

とかいうクソ記事を信じて、体を許さずにいたんだ。

 

 

一向に告白はない。

その気配もない。

 

デートは、やりたそうだなあ。が見え隠れして冷める。

 

とにかく家に来たがる。

そして私も、家に上げてしまう。

 

簡単に家に来させてしまうのがよくないんだと思って、

デートして、「今日は家来ないでね。」と強めに言ったら、

「んーうん。」って、面倒くさそうに。

 

簡単に家に上げるし、やらせてくれそうだから、一緒にいてくれるんだな、と。

その時に思ってしまった。

 

だから、今度会ったら、もうやらせてあげよう、と思った。

 

「今日家行っていい?」

 

とうとう家に直接。

普通のデートは省いてきたか。

いいよ、私ももう茶番はいい。

 

「うん、いいよ。」

 

多分、お互いに何となく気づいていた。

今日はそういうことになるだろうと。

 

ここまで来た、向こうのほうが一枚も二枚も上手だったことが証明された。

私が彼のことが好きだというのは、彼が一番わかっていたから。

誘えば断られない、それを繰り返せば、いつか折れてやらせてくれる。

 

「お疲れ。」

玄関先に立っていた彼は、本当に疲れて見えた。

 

「酒を買ってきましたよー。」

「ありがとう。」

 

私は酒を飲まないとする気にならない。

ということを彼は知ってか知らずか、お酒がいつもより多い。

 

「たんとお飲み。」

「うん。」

 

本棚を物色して、漫画を読みだす彼。

 

「お酒、飲まないの?」

「んー飲むよ。」

 

形だけ乾杯して、ああ、全然飲まないじゃん。

飲みすぎたら男の人は大変だもんね。

 

もう今日はそういう流れだ。

ビールを一気に飲み干し、もう1缶、もう1缶。

 

「いい飲みっぷりだねえ。」

「今日はいいの、もう疲れたから。」

「何してたの今日は。」

「永遠に映画見てた。」

「絶対疲れてないじゃん。」

 

だらだらした会話。

この後の展開に持って行くための、潤滑油、というか時間稼ぎ。

 

いつの間にか彼は移動していて、後ろから抱きついてくる。

「この漫画、続きないの?」

「まだ発売されてないの。」

「ふーん。」

 

知ってるくせに。

 

床に押し倒される。

きたきた。

 

「床、痛くない?」

「床、痛いです。」

「ベッド行く?」

「え、あ、うん。」

 

なんだその誘い文句は。倒してきたのはそっちじゃないか。

うん、って言っちゃうよそんな。

 

ベッドまで手を引っ張られて、ああもう、これは。

クソ記事によると、付き合えないのかなもう。

と思いながら、一回やってしまったら、もしかしたら何か変わるんじゃないかとか。

 

いや、どうでもいいや。

 

「えっと、シャワー浴びなくても大丈夫なタイプ?」

「うん。」

「電気消していい?」

「え、ヤダなー。」

「消さないと私がヤダ。」

「うーん、まあやっとやる気になってくれたし今日はよかろう。」

 

今日は、ってことは、今後も、

と思うと、少し嬉しい自分が悔しい。

 

リモコンで電気を消して、もう戻れない。

 

 

体の相性は別にいいわけでもなかった。

でもダメだ、好きだからなんでもいい。

 

早々に寝てしまった彼の頭を、起こさないように撫でながら。

可愛い、好き、セックスの間に言ってくれたこと。

セックスが終わってキスしてくれなかったこと。

小一時間の、いろんな行動を取り出して、彼の気持ちを分析する。

クソ記事で得た知識を用いて。

 

 

「んーまだしばらくは彼氏できんな。」

別に彼のためにヘコんでなんかいない。

 

付き合う前に体を許してしまったら、もうその人とは付き合えない。

その通りかもしれない。しかし誤解してはいけない。

 

付き合う前に体を許さなければ、その人と付き合える、というわけではない。

 

どうせ付き合えないなら、せめて体を許して関係を続ける、という選択肢が

あのクソwebメディアに書いていないあたり、やはりクソだ。

 

寝顔が可愛い。大丈夫、幸せ。

22時を過ぎてからの誘いは(2)

「こんばんは。」

 

「こんばんは。」

 

可愛い。

すぐにハグしてキスしたい。

 

こんな夜中にひょこひょこ家を訪ね、

すぐに抱きついたりしたら、印象悪いよな。軽い女だよな。

違う、そうだけど。

 

夜遅くでも飲み会に参加する、

バイタリティあふれるフットワークの軽い女の子。

いや、もうそれもあんまりいいイメージじゃないや。

 

ベッドに座って、ぎこちない会話をして。

 

「ナオくんはいつも忙しいね。」

呼んでおきながらパソコンで作業をし続ける。

 

「まあ、はい。」

 

なんで呼んだの。

 

そう言おうとしてやめた。

一応ビールも買ってきたのに。

「私、飲んじゃうね。」

 

「あ、うん、飲んでください。」

 

むかつく。

顔がタイプだから嫌いになれない。

 

その時だった、部屋のドアが開いた。

 

「お〜きてたんですね。」

 

ナオくんの親友、そして、昔のセフレ。

 

 

「なんだ、カズヤいるならビールもう一本買ってきたのに。」

 

平静を装いながら、ナオくんを見る。

 

「僕飲まないから、いいよ。」

 

そういうことじゃなくて。

 

「じゃ、乾杯!」

 

こいつは、何なの。

 

 

私が全部悪いんだ、それはわかっている。

 

カズヤくんはサークルの後輩で、

当時荒れていた私は、ついついこの強引なノリに飲まれてしまった。

 

その後何度か会ったけど、流石にまずいと思って、

1年前から体の関係はない。

 

それでもサークル仲間だし、よく顔は合わせていた。

数人で飲みに行くこともあった。

そして、紹介されたのがナオくんだった。

 

 

2人はほぼ毎日一緒にいる。らしい。

私がカズヤと色々あったことも、きっと全部知ってる。

 

その時点で、好きになったら泥沼になることなんてわかっていたのに。

 

「え、っていうか...」

 

「え、何すか?」

 

「いや、なんでもない。」

 

今日、どうやって寝るの...?

 

 

ナオくんは作業をしているから、カズヤと話す。

ずっと自慢話。

どうしてこの人はこんなに自信があるんだろうな。

 

「っていうか、俺いなかったらやってたでしょ。」

「ははは、どうだろうね。」

 

こいつはデリカシーがないなあ。

 

私がナオくんのこと好きなの知っててこういうことを言う。

2人でいつも私のことバカにしてるんでしょ。

って、いつも卑屈になってしまうから

何事にも積極的になれない。就活も上手くいかない。

 

 

ああ、なんで来たんだろ。

 

 

「僕、寝ます。」

「え、ああ、うん。」

 

マジでなんで呼んだんだよ。

 

「私も寝ようかな。」

 

「俺ナオと上で寝るから、寝袋で寝なよ。」

「マジかよ。」

 

カズヤのこの雑さはなんなの。

 

「いいけど...どこでも寝れるタイプだし。」

 

「嘘。一緒に寝ようよ。」

「やだよ、じゃあ私がナオくんと上で寝る。」

「そんなの、やるじゃん、2人。」

「この状況でやるわけないでしょ、ってかやらないよ。」

「わかったようるさいな。」

 

結局、私が上のベッドでナオくんと寝て、下でカズヤが寝袋。

 

え、なにこの状況。

ナオくん普通に寝てるし。

 

まあ、いいや。今日は疲れた。

ナオくんの寝顔を拝みながら眠れるだけ、幸せか。

 

うとうとしていたら、ナオくんの手が私の体に触れた。

びっくりして目を開けた。

 

「起きてたの?」

「いや、今起きた。」

「ごめん起こして。」

 

カズヤが動いてる音がして2人で目を見合わせる。

なんだ、この状況。

AVかよ。

 

「おやすみ」

小声でそう呟いて、抱きしめてくるこの人は何なの。

 

私も腕を回す。久々のこの体温が愛おしい。

 

私が悪い。全部悪い。どうなってもいいから。

せめて夜だけは、いい夢を見させてくれ。

22時を過ぎてからの誘いは(1)

「おい、飲むぞ。」

 

14時にサトルくんからメッセージ。

就活で何かあったんだろう。

 

「うむ、あり。」

 

今日は何もないし、昼から飲むのも悪くないや。

 

「もう、落ちたよーくそー。」

 

合流そうそう抱きつかれる。

 

 

「よしよし。」

 

頭を撫でながら、こいつ彼女いるんだよな、と思う。

 

「まあ、パーっと飲もう。バイト代入ったしおごるよ。」

「うわああん、お前はもう決まったからいいよなあ。」

「サトルくんの就活が終わるまで付き合うよ。」

 

そう、先日ようやく内定が出た。

第一志望群。もう就活をやめてもいいけど、サトルくんに合わせてもう少しするつもり。

 

私が就活でつらい時に助けてくれたのは彼だったから。

今度は私が助けたい。

 

今日は三軒茶屋

すずらん通りの焼きトン屋さん。

 

「ここ安くて美味しいんだ。今日は好きなだけお食べ。」

「マジでいいの?おごってもらうよ?」

「うん。最近ね、人にご飯食べさせるのが好きなの。」

「お前、彼氏いなさすぎてとうとうその境地に...。」

「うるさいよ。生でいい?」

 

生ビールで乾杯。

まだ14時半。背徳の味。

 

一通り就活の愚痴を聞いて、落ち着いたみたい。

 

「ありがとう、心の友よ。」

「いえいえ、話聞いてるだけよ。」

 

よくこんな仲になったものだ。

いろいろ、一悶着もあったのに。

 

結局遊ばれてるだけなのかな。

まあ、良いんだけど。

 

「最近どうなの?」

「何が。」

「彼氏とか。」

「珍しいこと聞くのね。」

 

いつも下ネタは話すけど、お互いの恋愛のことは聞いてこなかった。

こうやって2人でいる時に、彼の彼女の話をするのは、お互いなんとなく気まずかったから。

 

「もう全然いないよ。良いなと思ってた子には彼女できるし。」

「そっか。」

「つか、彼女いるんだよね?」

「うん、まあ一応ね。」

 

一応ってなんだよ。

 

「別れるのも、面倒だもんね。」

「そう、そうなんだよね。」

 

「今まで何人と付き合ったの?」

「2人。今の彼女と、高校の時の先輩と。」

「えっ見えないね。」

 

もっとチャラチャラしていたんだと思ってた。

 

「先輩、大好きだったな。浮気されてたけど。」

「へえ、忘れられなさそうだね。」

「うん、人生で一番好きだった。」

 

まだ20そこそこだろ。の言葉は飲み込んだ。

彼の顔がすごく切なそうだったから。びっくりしてしまった。

 

 

そういえば、前、「お前、元カノに似てる」って言ってた。

元カノって1人しかいないじゃないか。

 

「そういうことか。」

「え?何?」

「いや、なんでも。」

 

彼が私といるのは、元カノと重ねているから。

 

一目惚れ、なんて、初恋の人に似てただけでしょう。

 

 

「電話、なってるよ。」

「あっ、本当だ。」

 

後輩くんから。彼女、できたって言ってたのに。

「ごめん、ちょっと出るね。」

 

もうドキドキしてる。

「もしもし、どしたの。」

「いや、今何してますか?」

「三茶で飲んでるよ。」

「僕の家こないですか?」

「珍しいね、お家呼んでくれるの。」

「まあ、はい。」

「あとでLINEするわ。」

 

どういうつもりなのか本当にわからない。

遊ばれているだけでもいいと思ってしまう自分と、

もうこれ以上傷つきたくない自分がいる。

 

 

「大丈夫?」

「うん、ちょっと、会いに行こうかな。」

「また?遊ばれてるだけでしょ。」

「うん、そうなんだけどね。私も割り切ってるしいいよ。」

 

嘘。割り切れてなんかいない。

 

私も遊ぶことはそれなりに覚えた。

でも、やっぱり情はうつってしまう。

 

「お前の家行こうと思ってたのに。」

「ごめん。終電ギリギリまで付き合ってもらって。」

「いや、付き合ってくれてありがとうはこっちだけど。」

「ごめん。後輩に会ってくるや。」

 

すごい悲しい顔。

その顔があまりに綺麗で、頰に触ってしまった。

 

「何?チューする?」

「しないよ。おやすみ。」

終電に乗る彼を見送って、後輩に連絡する。

 

今から向かうから、30分くらいかかる、と。

 

何してるんだろう私。

何回目だろ、こういうの。

 

人を傷つけて、自分も傷つけて。

 

お酒くさそう。私。タバコも吸っちゃった。

 

千鳥足。

今日はすごい飲んだ。

お酒のせいにしちゃおう。

 

にやけてしまう自分が気持ち悪い。

ろくなことない、なんてわかっているのだけど。

競馬デートという選択肢

大学の同期の男の子と競馬をしてきた。


人生初。



彼が手取り足取り、教えてくれる。


競馬新聞の見方。賭け方。



「あれ、ワイドってなんだっけ」

「三等までの中で、二頭を順不同で当てるやつ」

「なるほどなるほど。」


普段は頼りない彼。

しかし競馬場では頼れるのは彼のみ。


異空間の競馬場で、

彼から離れないようにくっついて歩く。


「んんーわからないなあ。」

「これまでの戦績とか見れば大体わかるでしょ。」


おどおど100円ずつ、複勝とワイドを賭けてみる。


いざ、初レース。


コースの目の前で見る馬は魅惑的だった。

筋肉はしなやかで、力強くて、そしてものすごい速い。


「かっこいい…」と感動する私の隣で、

「3番いけ!3番!!」と叫ぶ彼。


そうだ、賭けてるんだった、

5番、複勝


「あー5番かよ。ノーマークだった。」

「え、当たってるかも。」

「マジで!単勝?配当高いんじゃね。」


私よりテンションの高い彼に笑ってしまう。


複勝だし、そうでもなさそう。」

「100円かよ。もっと賭けなきゃ楽しくないよ。」

「えっいくら賭けてたの?」

「今回はとりあえず1000円」


確かに。

ドキドキしたい。


「次は1番絶対くるから。1万賭けるぞ。」

「飛ばしてくねえ。」


普段から快活な彼だけど、こんな生き生きしてるのは初めてだ。


「私も、1000円賭けてみようかな。」

「おう!いけるって!」


楽しくなってきた。


レース開始の音が、さっきと違って聞こえる。


10番、10番こい、こい


ゴール間近になると、もう自然に声を出していた。

会場の盛り上がり、そして彼と興奮を共有する。


彼も私も、本命の複勝で地味に勝ち、他の大穴狙いはかすりもしなかった。


「はードキドキした。」

「な。」

満面の笑み。


吊り橋効果、ドキドキしている時に人といると、その人に対してドキドキしていると勘違いして、恋に落ちやすいというアレ。


競馬でも同じ、じゃないの。


その後のレースは

私は全く当たらなかった。


彼は大きく勝ったり大きく負けたり。

表情がくるくる変わって面白い。


勝った時は興奮のあまり私の肩を抱くのは、やはりドキドキしてしまうのでやめてほしかった。



ただひたすらやさしいぬるま湯

30歳のバンドマン。


中肉中背。普通の顔。眼鏡。


気取ってるわけでもない、

嫌味のないドラマー。


夢を追ってるとか、そういうのじゃなくて、

そうして生きていくしか方法がなかったことをわかっている。


面白みはない、そこにストーリーはない。


彼とはライブで出会った。

知り合いのライブで、スタッフが足りないということで、受付を手伝っていた。


彼もスタッフとして入っていた。

バタバタした会場で、あまり話すことはできなかったけど、

ツイッターだけとりあえず繋がった。


翌日、DMが届いた。

「昨日はお疲れ様でした。もっと話してみたいと思ったんだけど、飲みに行かない?」


真っ直ぐすぎるメッセージ。


日本酒好きって言ってたし、美味しい日本酒飲みに行かない?


とか。


この間話してた映画、僕も観たいから一緒に観に行かない?


とか。


本当はただデートできればそれでいいことなんてわかってるのに

目的を他の地点に定めるのが一般的だ。


そうしないと、いけないんだ。


デートの評価を相手に完全に求めてしまうのは危険だから。


もしデートが失敗だったら、

それは日本酒が微妙だったから、映画が微妙だったからなんだ。


そういうことにして、お互いを傷つけないようにしているのに。



中目黒の大衆居酒屋。

オシャレな店を素通りし、目黒川沿いのこの選択。

ラミネートがボロボロになったメニュー。


とりあえず生。

それ以外の選択肢はない、大衆居酒屋。


高架下の新しいお店に、何度か行った。どこも素敵で、少し疲れた。


ここ、いいじゃないか。


生ビールで乾杯して、


「ほんと可愛いよね。」


こんな真っ直ぐに褒められると、

上手くかわすこともできず、ただただ照れてしまう。


なんの躊躇いもなく、そんなことが言えてしまうのは何なんだ。

年の差と、職の差とで、すでに安定した距離感があるから。


と深読みしたけど。

女の子を落とす荒めのテクニックか。

いや、女の子慣れしてるようにも見えない。

ただ言いたいことを言わなきゃ気が済まないタチなだけ。それだけ。


照れ隠しのお酒が進む。


ビールから始まり、ハイボール、焼酎、日本酒。


これは二日酔いしそう。


直球の褒め言葉をはさみながら、

ほろ酔いの会話は弾む。


ディズニーランドは基本的に苦手だけど、シーでお酒飲む楽しみ方はアリ、とか。


ポテトサラダはオシャレなやつじゃなくてシンプルなやつがいい、とか。


何気ないところで、やんわり共感する、楽しい会話のお手本のような会話。



こういう会話は、時間の濃度が低いから、すぐに終電を逃す。



「あれ、終電大丈夫ですか?」

「あ、もうないや」

「そうですよね…私はタクシーで帰れるけど、どうするんですか。」

「お金ないし、歩いて帰るよ。」

「えっそんな…どれくらいかかるんですか」

「3時間くらいじゃない」


そう言いつつ、飲み代は出してくれる。


「なんかすいません。家に泊めることもできないし、お金出してもらっちゃうし。」

「いやいや、それはそうでしょ。」


女の子慣れしているんだか、なんなんだか。よく分からない人。


「じゃあ、また、飲みましょう」

「うん、次は映画でも。」


タクシーに乗り込み、246は綺麗だ。


映画デートって、これもまた女の子慣れしてるのか、なんなのか。

ウミガメの恋

ウミガメは恋をした。

 

毎年、この海に来る、茶髪の男の人。

コウコクダイリテンに勤めていると言ってた。

 

いつも綺麗な人を連れてくる。

3年前と、同じ女の人。

多分、結婚したんだ。

 

3年に1度だけ、満月の夜に私は人間の姿になる。

 

彼と初めて会ったのは、6年前のことだった。

満月の夜で、私は3年ぶりに陸に上がった。

ウミガメは餌を食べる時、海水をたくさん飲むから、

塩分を含んだ粘液をたくさん排出する。

 

「ううー目から塩分が止まらないなあ。」

陸に上がって10分は、しばらく涙のように目から塩分が出る。

 

 

「大丈夫かい」後ろの方で声がした。振り返るとあの人がいた。

「あ、はい、あの、大丈夫です。」

「本当?こんな深夜にこんなところで泣いて、大丈夫なわけないと思うんだけど。」

「いや、これは。」

「この辺の子?家どこなの?」

「えっと。」

「あ、僕のホテルすぐそこなんだけど、部屋で飲む?」

「え、いや、どうしよう。」

なんだこの人。かっこいい。

 

「あ、やべ、未成年ではない?いくつ?」

「えっと、104歳。」

「え、なにそれ、ウケるんだけど。」

「え、あ。」

「まあ、おいでよ、変なことしないからさ。涙も止まったみたいだし。」

 

彼のホテルは、海からよく見える高級なホテルだった。

 

「で、君は何も教えてくれないんだね。」

綺麗なゴールド色のお酒を注ぎながら彼は言った。

 

「はい、乾杯。」

 

美味しい。美味しい飲み物。

人間はいいなあ。こんな美味しいものを、毎日飲めるんだ。

 

「そのワンピース、かわいいね。」

「あ、ありがとう。」

 

白いワンピースは、2回目に陸に上がった時、

浜辺にいた女の人がくれた。私は裸だった。

その女の人は泣いていて、「もう私はいらないから」

と言って、その場で、着ていたワンピースを脱いで、私に渡した。

 

その人は暗い海の中を、泳いで、遠くに行ってしまった。

浜辺で砂遊びをしながら、夜が明けるのを待った。

女の人は帰ってこなかった。

 

それから、白いワンピースは、秘密の場所に隠しておいて

人間の姿になった時に、取り出して着ている。

 

「どうして、夜の海にいたの?」

 

なんて、言ったら、いいんだろう。

 

「言いたくないならいいよ。」

「そういうわけじゃ、ないけど。」

 

「まあ、いいよ。なんでも。」

彼は面倒くさそうにそう言って、キスしてきた。

「お酒が足りなさそうだね。」

彼は口にシャンパンを含んで、私に口移しした。

 

私は頭がぐるぐるして、彼に体を預けた。

 

気がつくと、夜明け前だった。

私は、シーツに紛れた白いワンピースを何とか見つけ出し、

彼を起こさないようにキスをして、部屋を出た。

 

浜辺についた時に気付いた。

「人魚姫というより、シンデレラね。」

 

何か、残してくればよかった。3年後、また彼に会えるように。

 

朝になって、亀に戻った私は、

彼が浜辺に来るだろうと思い、海岸近くまで泳ぎに行った。

 

水面の上は、ゆらゆらして見えにくい。

水中に、彼の足が見えれば、きっとわかる。

 

人間にバレないように、距離をとりながら。

水面下にある人間の体をじっくり見る。

 

彼だ。いた。

隣には、女の人の体。綺麗な体。

彼は彼女の腰に手を回し、ぴったりと体を密着させる。

 

私は見ていられなくって、沖の方へ泳いだ。

ウミガメは、意外と速く泳げるのだ。

 

それからだいたい毎年、彼は女の人と一緒にこの海にくる。

 

3年前、私はもう一度人間の姿で彼に会おうとした。

浜辺と、彼と一夜を過ごしたホテルを探し回った。

 

とうとう見つけた彼は、綺麗な女の人と一緒に、ホテルのレストランにいた。

私は静かに、ゆっくり、海に戻った。

 

 

あれからまた、3年がたった。

彼の足と、その隣の女性の足は、毎年確認していた。

今年も、彼は来ている。

そして、今夜は満月。私は陸に上がった。

 

今年は、浜辺で横になって、星を見つめて過ごそう。

 

ワンピースを着て、浜辺に寝っ転がると、いつの間にか眠っていた。

 

「ねえ、ねえ。」

目を開けると、彼の顔があった。

「前に、6年前に会った子じゃない?」

目をパチパチさせる私を見て、彼は笑った。

「全然変わってないな。すぐわかったよ。」

 

彼は6年前と同じ要領で私を部屋に招いた。

覚えていてくれたことが嬉しくて、期待してしまう。

 

美味しいお酒を飲み、前と同じ。ベッドになだれ込む。

 

「結婚、してるんでしょ。」

「え、なんでそういうこと言うの。」

「奥さん、帰ってくるかもよ。」

「大丈夫、ここは奥さんに秘密で取った部屋。」

 

ああ、そっか。彼にとっては、こんなこと、娯楽でしかないんだ。

体を揺らしながら、私は彼の頬を撫でた。

 

事が済み、タバコを吸う彼は言った。

「明日さ、ウミガメの産卵見に行くんだ。」

「ウミガメの産卵は見世物じゃないよ。」

「そんなこと言うなよ。俺、子供できた時、立ち会えなかったの。

 もう1人つくる気もないし。生命の神秘みたいの、感じたいなって。」

 

なにそれ、頭悪い。

 

こんな頭悪い妻子持ちに、私は6年も胸を焦がしていた。全く。

 

「私が、あなたの子供作ろっか。」

「え、いやいや、責任持てないって。」

「大丈夫、ピル飲んでるから。」

「ピル飲んでるっていう発言は信じちゃいけないって聞いたことある。」

2人は笑いながら、もう一度体を重ねた。

 

いつの間にか寝ていた彼の髪の毛を撫でた。

「ウミガメの産卵は、見世物じゃないのよ。」

 

次の日の夜、私は卵を産んだ。

そばには彼が、いるかと思ったけど、いなかった。

 

彼と一夜を過ごしたホテルの部屋は、灯りがついている。

今日も誰かを、慣れた手つきで連れ込んでいるのね。

 

「どうして、ウミガメは泣いてるの。」

 

塩分を調整するために泣いているんだよ。

リクルートラブ、略してリクラブ。

インターンで知り合った彼。

チームが違ったし、あの時は、喫煙所で一言二言話しただけだった。

 

「あれ、インターンで一緒だったよね?」

 

圧迫面接を切り抜け、面接会場を出ようとしていたところ、

後ろから背中を叩かれた。

 

「わ、え、うん。久しぶり。受けてたんだ。」

名前が出てこない。なんだっけ。 

 

「うん。びっくりした。まさか一緒になるとは。」

 

インターンが同じ時点で、志望業界は一緒。

よくあることだ。でも、意外と話しかけない。

仲良くしたい子だったら、インターンの時点で仲良くしてる。

 

「飯でも食っていかない?」

「あ、うん。そうだね。」

 

お昼時。そういえば朝も食べてなかった。

1人でさっきの面接を反省しながらのランチも味気ないし、まあいいか。

 

適当に近くのうどん屋さんに入る。

 

「力うどんって、絶対食わないよな。」

「確かに。食べようと思わないな。」

「うどんに餅って、炭水化物と炭水化物って。」

執拗に力うどんを貶す彼。よくしゃべる人だ。

 

「私は月見うどんにしよ。決めた?」

「うん、決めた。」

 

店員さんを呼び止め、彼は言い放った。

「すいません!月見うどんと力うどんください!」

 

爆笑する私。

それを見て満足そうな彼。

 

「フリが効いてるねえ。」

 

こんなキャラクターだったんだ。

 

「あの時さ、喫煙所で話したよね。」

「そうそう、私が話しかけて。」

「昔憧れてた女の子に似てる、ってやつでしょ。」

「うん、ボーイッシュな女の子でね。」

「俺は俺で女の子っぽいからな。」

「確かに。目大きいし。小柄だし。」

「小柄は余計だぞ。」

 

ほとんど初対面なのに、会話のしやすい人。

 

「その女の子、しばらく会ってないなあ。卓球部だったなあ。」

「えっ俺も卓球部だったよ。」

「それは意外。卓球部のこと見下してるタイプかと思った。」

「いやいや、映画のピンポン見て憧れて入ったから。」

「ピンポンいいよね。窪塚陽介が最高。」

「おお、ピンポン知ってるのか。わかってるね。」

 

弾む会話。

会話に必要な、頭の回転、教養のレベルが同じなんだろう。

 

この人くらいのレベルなのか、私。

こういう時に、自分の大したことなさを感じる。

 

本当の自分の顔のレベルは、

「この人、自分よりちょっと下だな。」

って思う顔くらいだ、と昔聞いた。

認識している自分の顔は、鏡を見ている時で、自然といい顔をしているから。

 

 

そんなもんか。

 

「一緒の会社入れたら面白いね。」

 

餅に苦戦しながら彼は言う。

 

「そうだね。本当に。」

 

ある程度話すと、この人とはこれから何か起こる予感

つまり、一夜を過ごすことがあるだろう

というのが、わかる。

 

彼は多分、また会うだろう。

そして、一夜を過ごし、後悔し、付き合うことはない。

 

「力うどん、二度と食わねえ。」

 

「うん。それがいいよ。」

 

慣れないスーツを着た、未熟な2人は、

大して美味しくもないうどんを食べて、楽しく過ごせた。